こんなん読んだ(2021年8月)

だいぶながくかかっちゃったけど、下記の本よんだよ。

 

シッダールタ・ムカジー(2020)『遺伝子-親密なる人類史-』早川書房

 

www.hayakawa-online.co.jp

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遺伝にまつわる科学・技術の歴史。遺伝学や遺伝子工学にかかわる説明もわかりやすいうえ、物語としての可読性が高いところが、まずポイント高い。優生学運動や、アシロマ会議、ヒトゲノム計画でのセレラ社の登場など、社会と遺伝学・遺伝子工学との接点に関する話題に関しても、非常にわかりやすく整理した形で情報を提供してくれている。アシロマ会議の経緯に関しては、この本でよくわかった(という、自分が専門ではない領域ではあるものの、科学技術史を看板の一つにしている研究者として恥ずかしい事態)。また、優生学が、そもそもメンデルの発見を理解していない人々の運動だったという話は、言われてみればそうなんだけど、そうなんだよね、と思った。つまり、優れた形質の個体からはすぐれた形質の子孫が生まれるという「カエルの子はカエル」効果を(少なくとも19世紀終わりから20世紀初めの)優生学は前提としているんだけど、メンデルの法則を考えれば、遺伝子は粒子的なもので父母から確率的に伝わるから、そんなことはないので、優生学の前提おかしいよね、という話。まあ、そうなんだよね。

また、ムカジーじしんの家族が抱える遺伝にかかわる「悲劇」を腹蔵なく書いていて、実は結構読み始めて痛々しくて少し読むのが止まってしまった。このエピソードがあることで、他人事として科学技術史を眺め読むだけではなく、遺伝子を「確率的に」共有することって、私たちの人生にとってどういう意味があるのかなあとかいろいろと考えさせる。その一方で、私たちのいろいろな性質について、知的能力や気質、性格、くせなども遺伝の影響が強いものの、環境の影響は無視できず、何よりも「偶然」がその人とその人の人生を作り出すという見方は、私たちじしんのことを考えるうえでも大事なことのように思った。

ただ、その一方で、話が面白すぎるというか、物語としての可読性とおもしろさによって抜け落ちている部分がないかなあとか思った。遺伝学・遺伝子工学の科学技術史を読み進めていくうえでの大まかな見取り図を得ること、そして上記のような自分自身の人生や社会と遺伝現象、遺伝学・遺伝子工学とのかかわりを考える重要なきっかけや示唆が得られること、こうした点で本書で学んで、時間があれば(私も時間があるかなあ)本格的な科学技術史の論文や本を読みたいよねーと思った。

文庫版解説では、COV-19(新型コロナウイルス)とその感染症COVID-19についてのわかりやすい解説もあって、これも現在目の前で起きていることを理解するうえで、大事な基礎知識を提供してくれそうだ。

 

 さらに読んだ本を書くよ。いろいろやんなくちゃいけないことあるんだけど、それでも読んでる。

ニュートンコンサルティング株式会社慣習、勝俣良介著(2017)『世界一わかりやすいリスクマネジメント集中講座』オーム社

 リスク評価・リスク管理の考え方を学ぶ手始めに読んだよ。タイトルと本の紹介だけざっと読んで注文して、本を開いて「わー、対話形式か。苦手なんだよな」と思ったけど、結構早く読めた。世界一わかりやすいかどうかはわからないけど、結構わかりやすい。リスクは不確実性であって、ネガティブなものだけでなくポジティブなもの(うれしいこと、望ましいこと)もあるし、目的と目的を達成するものにかかわるものだから、目的を与え明確にする中でしかリスクも特定できないという話は、ま、素朴に「リスク」を考えていた身には、ほーっという話でした。一般的に「リスク」というと、漠然と将来起こるいやなことや困ったことというイメージだけど、目的に対してどのような不確実性があるかということを考えることなのねということから始まって、リスクの洗い出し(リスク特定)、その発生可能性と影響の重大さの見積もり(リスク分析)、優先順位づけ(リスク評価)、リスク対応について、考え方がよくわかる(初級編)うえ、企業リスクマネジメント(ERM)の考え方(中級編)、日産とYahoo!Japanの実践的な事例の紹介(上級編)、さらに大事故の発生に関する考察(応用編)という構成。大事故の発生は、リスク認識があってもリスク対応が正しく十分に行われていなかったという事例が多いという指摘は興味深かった。日産では、トップにまずはリスク特定をやってもらってそれをもとにリスク分析・評価・対応を行うそうで、これを読んだときはトップが本当に現場のことわかっているのかなあと思いながらも、認識はあっても対応ができていないからという先ほどの大事故発生原因の話からして、あーそれでいいのかもと思わされた(が、もう少し考える必要あるよね)。

古川英二(2020)『破壊戦:新冷戦時代の秘密工作』角川書店

情報セキュリティ・フェイクニュース関連の情報収集を目的に読んだが、「こえー」というのが素直な感想。本書は、ロシアの非合法な工作活動に関して、日本経済新聞社の記者が実際に見聞した出来事を交えながら紹介・解説する。ロシアの毒物による暗殺事件・暗殺未遂事件とその背景となる非合法な諜報・工作活動に関する解説に始まり、こうした荒っぽい暗殺事件があっても西側諸国(という枠組みも今や古いわけだけど)の対応が微温的なもので十分ではないうえ、さまざまな利益供与(ロシアの国家と結びついた財閥企業の役員への就任とか)によって西側諸国の指導者が懐柔されている場合もあって十分な対応ができていないから、暗殺事件が続くとの指摘。ロシアの国家と財閥との暴力・お金を介した結びつきのあり方は「マフィア国家」と称されるらしい。フェイクニュースに関しては、第4章に解説あり。北マケドニアの承認をめぐってのフェイクニュース合戦の背景など、ざっくりとわかってよかった。ロシアの海外向け宣伝メディアの当事者のインタビューも興味深い(第5章)。ウクライナへのサイバー攻撃への対応者のインタビューや、ロシアのセキュリティ会社にかかわる疑いなどは、情報セキュリティ問題の背景を知るうえで役立つ(第6章)。経済力を落としているロシアが中国に接近しているという話題が、最終章「コロナ後の世界」のコア。ロシアに限らず、それぞれの国の情報セキュリティ企業(やICT企業)が国の安全保障上の意向を受けて行動している可能性はあるわけで、ICTと社会・経済に関して考察しようとすると、こりゃいろいろとややこしいなあと思った。

 

萱野稔人(2017)『カネと暴力の系譜学』河出書房.

2006年刊の書籍を文庫化したもの。知的財産権の正当化にかかわる理論としては、ロックの労働所有説を根拠とするものもいまだ有力っぽいんだけど、身体所有を根拠に、労働から所有を正当化するだけでは十分じゃなくて(占有状態の発生しか説明しないとする)、所有権が国家によって保障されてはじめて所有が生じるという指摘は、「ああ、そうかー」と思った(153-155)。貨幣は国家による税の徴収から生じるという指摘が、ドゥルーズガタリの『千のプラトー』にはあって(国分功一郎「解説」)、それをもとに本書のカネの系譜学(貨幣論)は書かれているとのこと。