『データで読み解くスマホ・ケータイ利用トレンド2018-2019ケータイ社会白書』

ケータイ・スマホ関係のこと調べるということで、引き続き下記の本を読んだよ。

 

株式会社NTTドコモモバイル社会研究所編著(2018)『データで読み解く利用トレンド2018-2019ケータイ社会白書』中央経済社

 

同社が独自に行ったウェブ調査、訪問対面調査(若者のケータイ・スマホ利用に関する調査)、訪問質問紙留置調査(シニアのケータイ・スマホ利用に関する超)の結果をまとめた本。概説的な数十ページを除くと、あとはひたすらスマホ・ケータイ利用に関する調査結果が続く。現在のスマホ・ケータ利用状況を見るうえで非常に役立つ。

自分自身の関心から見て気になった結果について列挙。

1)数年前から感じていたが、家庭でのスマホ・ケータイのルール作りは相当に進んでいる。子ども(小中学生)との間でルールを決めていると回答した保護者は、6割以上。学年によっては9割近く。若者のスマホ・ケータイ利用に起因するトラブルを防ぐため、家庭でのスマホ・ケータイのルール作りを推奨するのは(依然大事であったとしても)、もうあまり大きな効果は見込めない。また、さらに家庭での努力を推奨すべきかどうか悩ましいところ。

 

2)ただし、中学生になると上記のルールを「守れなかったことがある」という子が4割ほどに拡大する。これもまた悩ましくて、親との決めごとを守らない、親に秘密を作るというのは、昔からあった親から精神的に自立していく過程の中の一つとも見える。だから、親子間ルールをさらに守れるように改善していこうというのは、逆に子どもの精神的自立を妨げる可能性がある。

 

3)ルールの内容に関して、利用する時間帯・利用時間に関するルールが小中学生ともに60%を超えている。中学生ではSNSサイトの訪問、音楽や動画のダウンロードが3割を超える。ここでは「ルール」によって何を守ろうとしているのかが気になる。利用時間・時間帯のルールは睡眠を含む生活時間・学習時間の確保や望ましい生活リズムの維持。SNSサイトの訪問は見知らぬ人との出会いによるトラブル(プライバシー情報の漏えい等を含む)、音楽や動画のダウンロードは利用料金超過などが防ぎたいものだろうか。いずれも生活指導としては悪くないと思うのだが、こうした家庭における生活指導について、保護者に指針となるようなものがあると助かるのかなあと思った。

 

4)フィルタリングの利用制限については、フィルタリングを利用できないという小中学生の保護者がどの年齢層にも2-3割いることが非常に気になる。購入時にはフィルタリングを行うことを義務付ける条令が多くの都道府県ですでに採用されているし、2018年2月には18歳未満のフィルタリングが法律で義務化された。以前ネットニュースで、小学生がワンクリック詐欺の被害にあって、アダルトサイトに飛ばされ、アダルトサイト利用料金を請求されるケースが多いという話があり、子どもたちのフィルタリング利用状況がどうなっているのか気になったが(ということで、調べると(というか、以前自分でつくった冊子でも書いていたので忘れているという情けない事態だ)、ネットワークフィルタリングを使っている場合自宅などのWi-Fiからのアクセスはフィルタリングされない。これは確かにありそう)、実態調査とフィルタリングに関する啓発が必要かもしれない。この啓発においては、子どもの成長に従って、フィルタリングを弱めていくことや、(成人が享受すべき)表現・言論の自由とフィルタリングの関係などに関しても、たぶん知らせていくことが重要だろう。高校現代社会の知識大事。あと、追加でフィルタリングに関する技術的知識大事>「自戒を込めて」

 

5)シニア(60代、70代)のICT利用状況に関する認識は、おそらく刷新する必要がある。ケータイ、スマホ、パソコンの所有状況を見ると、いずれも5割前後が所有し、いずれかを1つ以上所有しているという回答は9割。さらに、60代ではケータイよりもスマホの所有率が、2018年には上回っている。スマホ買い替えの理由も「使いたい機能があった」ということで、結構積極的だ。

 

6)さらに連絡手段として、60代では、友人との連絡手段で最も多いのが「ケータイ・スマホ通話」、さらに職場の仲間との連絡は「メール」となっている。LINE利用者も15%程度いる(50代のオレはLINE使っていないというのに!(笑)。スマホ・パソコン所有者に限ってみると、その4割以上が家族や友人との交流が密になると回答している。電子メールの送受信は60%近くが利用、情報検索も5割程度、地図・ナビゲーション(鉄道経路検索も含むのかな。その点この調査では不明)も4割程度が利用している。

 

7)こうした状況を考えると、高齢者は「ICTを使えない」という紋切り型の理解は間違っていると思われる。先日聴講した某シンポジウムでもそうした発言があり、自分自身の周囲を見ると「いやーそんなことないだろう」と思っていたので、上記5)と6)の結果は自分自身の認識を確認する結果だった。この数年、ご近所のシニアの方々や、大学近くのシニアの方々を見ていると、FBで結構コメントされていたり、ガラケーだけどメールを使っていたりという方がいたりしたので、「お、シニアはICTが使えない」というのは、こりゃ認識改めねばと、2年位前から思っている。

 

8)1980年代にパソコン通信が起こって、これを支えたのが現在の60-70代の人々だから、こうした人々が年を取って、さらにガラケースマホなどの比較的低価格(とはいえ、iPhone11 proって17万5000円なの?!びっくりだ)の情報機器が高機能になって、今まで情報機器を使っていなかた人も含めて仲間との連絡をどうしようかーと考えると、情報機器を活用して、さらに周囲の人々を巻き込んで、というのは当たり前にあるはずだ。なので、認識を改める必要がある。

 

9)その一方で、60代以上でもICTを活用する人々がいたとしても、なんだか日本のICT利用がいまいちなのはなんで?というのは、やはり考えなくてはいけないだろう。

 

10)たとえば、「学校でのパソコンやタブレットの使用状況」についてみると、パソコン室に生徒が使えるパソコンがあると回答する子どもは8-9割(一番回答年齢が低い小学4年生は93%)なのに対して、学校のパソコン等は1人1台以上ある、学校の授業でタブレットを使う、パソコン室に生徒が使えるタブレットがある、教室に生徒が使えるパソコンがある、教室に生徒が使えるタブレットがあるという回答がきわめて低いという状況。学校でのICT利用が非常に弱い。

 

11)実際、学外で宿題を調べるためにネットを使うというのが、中学生では5-6割で、まあまあ使っている感じ(とはいえ、これでもまだ少ないという見方はあるかもしれない)。ただし、もちろんこのとき信頼できる情報源を活用しているか、単に機械的にコピペしているだけではないのかなど、いろいろと心配すべきことはあるだろう。

 

12)また、シニアに関して「うむうむ」とうなづいたのは、シニアがシニアに対してICT利用について啓発・指導する試み。本書では、ドコモショップサーキット通り店、一般社団法人まなび考房の事例が取り上げられている。今年2月の全国消費者フォーラムこちらは、大谷の報告)では、公益社団法人日本消費生活アドバイザーコンサルタント・相談員協会(NACS)ICT リテラシー啓発グループが報告したシニアによるシニア向け情報セキュリティ教室が、類似の事例。シニアがシニアに教えるというのは、お互いどこがわかりにくいか大事かわかりやすいので、有効かつ有益な情報・知識の伝達や交流が可能になるうえ、できれば同じ地域社会に住む者同士で学びあえれば、仲間の輪が広がる。こうした試みが広がることは歓迎したい。5)~7)で指摘したような状況も、おそらくシニア同士で連絡を取りたいというニーズやワントがあったうえで、お互いに学びあい(ときには子や孫に聞いてということもあるだろう)普及している状況があるのではないか。

 

ということで、とくに子どもとシニアについてはいろいろとおもしろいことがわかって、収穫多かった。これも、ケータイ・スマホについて話せということで調べた本の一つだけど、狙いとはやっぱりちょっと違ったので、秋学期の授業のネタにしよう。

 

※12:9月23日12:25加筆修正だよー。

 

調べもの:スマホ・ケータイ関連

スマホ・ケータイ関連について話さなくちゃいけないので、調べたよ。調査に役立ちそうな資料のリンクをつくっておくよ。俺用メモ。

 

ケータイ社会白書Web版 2019年版

http://www.moba-ken.jp/whitepaper/wp19.html

ケータイ社会白書Web版 2018年版

http://www.moba-ken.jp/whitepaper/wp18.html

ケータイ社会白書Web版 2017年版

http://www.moba-ken.jp/whitepaper/wp17.html

 

ソフトバンク・シンプルスタイル(スマートフォン

https://www.softbank.jp/mobile/support/prepaid/smartphone/

ソフトバンク・シンプルスタイル(携帯電話)

 https://www.softbank.jp/mobile/support/prepaid/keitai/

シンプルスタイル携帯電話・スマホ一覧(2019年9月17日)

https://www.softbank.jp/mobile/products/prepaid/

 

ドコモでのプリペイド式携帯スマホの使い方

https://mvno.xsrv.jp/docomo/use-for-prepaid/

ドコモwith→2019年5月31日で新規申込停止

https://www.nttdocomo.co.jp/charge/docomo_with/

家族割等利用で最安280円で月々利用可、だったらしい。

 

au ぷりペイド→2021年12月15日サービス終了。2018年11月7日新規申込停止。

https://www.au.com/mobile/product/prepaid/

 

MVNOプリペイドサービスの例

IIJmioプリペイドパック

https://s.iijmio.jp/prepaid/

 

携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律(平成17年法律第31号)

https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=417AC1000000031

 

レンタル携帯電話事業者の方へ
契約締結時に規定の方法で本人確認を行い、確認記録を保存することが必要です!

http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/d_syohi/050526_1.files/Page303.html

 

と、調べたんだけど、これはこれでおもしろいんだが、オレの言いたいこととちょっとずれるなあということで、秋学期授業のネタのすることにしたよ。

 

 

『VR原論』刊行記念 服部桂×GOROman 講演&トークセッションに行ってきたよ

8月8日(木)午後7時30分少し前、銀座蔦屋書店(GINZA SIX 6階)にたどり着いたものの、講演&トークセッションが行われる会場がどこかわからず、ぐるぐるとおしゃれな店内を徘徊してしまった。やっとのことで、お客が途切れたタイミングを見つけてレジカウンターで聴くと、先ほど通り過ぎたカーテンで空間を仕切られたスペースが会場とのこと。もうすでにだいぶ席は埋まっていたが、前後中ほどの席を見つけて腰を下した。私が腰かけた後からも次々にお客がやってきて、結局70名程度の席を用意していただろう会場は満員となった。

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服部桂×GOROman講演&トークセッション。主役の2人の登場を待つ。

手慣れた司会の紹介で服部さんとGOROmanさんが登場し、まずは服部さんの講演から開始。服部さんは、1991年に発行した名著『人工現実感の世界』の増補改訂版『VR原論』を最近出版したばかり。この講演&トークセッションも、『VR原論』のPRイベントだ。当日は服部さんの誕生日ということもあって、「私の誕生パーティーに集まっていただき(笑)」というような軽いギャグも交えて、まずは服部さんの自己紹介と『VR原論』の紹介。

人工現実感の世界』は、当時海のものとも山のものとも知れない新技術「Virtual Reality」を、本格的に日本の一般読者に紹介した最初の書籍である。結局現在はVRという略語が日本語でも定着して使われるようになったものの、91年当時は訳語も決まらず、その概念もまだ確立していなかった。「バーチャル」は「仮想」と訳されることが多いものの、「実質的には同じ」という意味が強い。そこで、現実感を人工的に作り出す--このような意味で、「人工現実感」という訳語を同書では提案していた。

概念やその背景が日本でも(いや、おそらくは世界的に見ても)しっかりと紹介がされていなかった時代だったことから、本書のかなりの部分が、VRの歴史に当てられている。第二次世界大戦中のフライトシミュレーター研究がその淵源となるが(そして、フライトシミュレーター研究は、米国土への爆撃機の侵入を検知しようとする巨大システム(SAGEシステム)を支えるリアルタイムコンピューティングの研究へと引き継がれていく)、1960年代以降は複数の研究者・技術者がさまざまな名称で最終的にVRにたどり着く技術・システムの開発に取り組んできたことを、本書は示している。

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服部桂さんの講演「世界の中心でVR(アイ)を叫ぶ」。タイトルの真意は、最後で。

服部さんの今回の講演は、1990年の「Cyberthon」の映像から始まった(おそらく服部さん秘蔵のもの)。このイベントは、当時の最先端のサイバーカルチャーを集めたもので、マービン・ミンスキーなど情報科学人工知能研究などの学者に加え、多くの分野のクリエイター・探究者が集まっていたという。このイベントが開かれた年は、『人工現実感の世界』が登場する1年前であるとともに、VPL社がTexpo'89というハイテクイベントのベル・パシフィックのブースで最初のデータグローブとHMDによるプレゼンテーションを行った「VR誕生の日」の翌年に当たる。

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米国で服部さんがVR取材を行った1990年と、GOROmanさんのオフィスでOculus Rift を体験した2019年の比較。体験しているシステムはよく似ているように見えるが、価格は数億円と数万円大きく違う。

服部さんによると、ブルース・スターリングらとともに当時「サイバーパンク」という新しいSFとその周辺領域に広がるジャンルを開拓しつつあったウィリアム・ギブソンに加え、ティモシー・リアリーやテレンス・マッケンナなどドラッグカルチャーの大立者もこのイベントには参加していたという(ドラッグ文化と初期のPC文化との関係に関しては、同じく服部さんが翻訳したジョン・マーコフ『パソコン創生「第三の神話」』などに詳しい)。

このイベントで、VRを体験したギブソンは、「未来はすでに到来したただ、まだ均等に分配されていないだけだ」というセリフを残したとされる。このセリフはとても有名で、日本のAR(拡張現実感)研究の第一人者である暦本純一東京大学教授が、ウィリアム・ギブソンとの対談で、この真意を確認するなどのことも行われている。

つまり、1990年にはすでにVRは商業化され(企業が開発・販売し)、先端的なイベントで情報科学以外の文化をけん引する作家や研究者などにも知られていたこととなる。

講演では、モートン・ハイリグの「センソラマ」の開発映像などの映像も紹介され、先端的な「とがった」部分が紹介される一方で、VRがコンピューティングの歴史の中ではある意味王道であることも強調された。すなわち、VRは、人間とコンピュータ、またはコンピュータに媒介される人間と人間のインタフェース(境界)をデザインし、より親しみやすく使いやすく自然なものにしていくというHCI(ヒューマン・コンピューティング・インタラクション)の研究の一種であり、つまるところ、コンピューティングのあり方をデザインすることでもある。

データグローブを開発したVPL社のジャロン・ラニアーは、当時文字ベースで人間的な触れ合いや交流が不十分であるようなコンピュータを媒介とするコミュニケーション(CMC)をより人間的なものにするという動機をもっていた。これもやはり上記のように人間とコンピュータとの境界、そしてコンピューティングのデザインという動機を示している。

上記で触れたSAGEシステムを支えたコンピュータ・システムは「Whirlwind」と呼ばれるが、CRTモニタとライトペンによるコンピュータとのリアルタイムインタラクションを最初に実現したことでも知られている。「リアルタイム性」の要求は、コンピュータとのインタラクション、そしてコンピューティングのあり方のデザインときわめて密接に関係している(もちろん即時応答性が求められるVRも)。

服部さんの講演のエッセンスは、コンピューティングの王道としてのVRの歴史の振り返りと言えるだろう。

この講演を引き継いだGOROmanさんは、すでに述べたように、Oculus Riftの開発者パルマー・ラッキーと面会して、彼を口説いて日本に開発モデルを持ち込んで広めていった人として著名だ。高価格なものと思われていたHMDを低価格化して広げていったパルマー・ラッキーやGOROmanさんの活動は、「まだ均等に到来していなかった未来」をパーソナル化・大衆化して広げていく活動だったといえるだろう(なお、VRの大衆化・パーソナル化に関しては、藤井直敬さんスマホを投影装置として活用するダンボール製ゴーグルの開発とそれを応用するアートなども重要)。

このように、VRのパーソナル化・大衆化を実現したOculus Rift とその普及活動について、服部さんは、「ハイテクに皆を参加させた」と表現する。

GOROmanさんは、Oculus Rift S(HMD)とOculus Touch(入出力ハンドデバイス)を活用するアプリケーションを紹介した。最初に、Oculus Rift Sと連動するGoogle Earthのアプリケーション。地球上の行きたい/見たい場所を検索し、その場所を指定すると、Oculus Rift Sの画面にその場所が360度のVR画像で表示され、まさにその場に行ったかのような体験ができる。なお、VR世界では上空の視点から眺め下すことになる場所もあって、このような場所では身長50m程度の巨人(ゴジラ!)になったような体験となる。

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Oculus Rift とOculus Touchを使って、Google Earth世界を探検。操作者は、GOROmanさんのお助けパースン。

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Google Earth上を東京方面に向かって移動。

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東京上空から地表へと降りていく。

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東銀座の歌舞伎座上空。

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そこから銀座6丁目方面に移動し、GINZA SIXを見つけたら、その中に入っていくことができる。

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さらにフランスに足を延ばして、エッフェル塔を上空から眺める。

次に、大日本印刷と現在開発中のOculus Rift S(HMD)とOculus Touchで操作できるVTuber利用のECショップシステムの紹介も行われた。現在インターネット通販は、店員とのインタラクションなどがないまま(あるいは、メールやメッセンジャーを使う文字ベースか、スカイプなどの「インターネット電話(会議システム)」を使うコミュニケーションが主)、ユーザーが商品を購入している。

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DNPクリエイター共創サービス「FUN'S PROJECT」のキャラクター「ファンズちゃん」を使ったVRアプリケーション準備中。

当日紹介されたシステムでは、インターネット通販ショップの店員がVTuberに扮して、VR世界の中の商品を手にとって勧めたり、VR世界の中の商品をユーザーが指定してVTuberに取り出してもらったりといったインタラクションができるようになる。ジャロン・ラニアーが当初目指した、コンピュータを介しているものの、人間的な(つまり、現実世界に近い)相互作用が可能になる。

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操作者が両手を上げるとVTuberも両手を上げる。リアルタイムでVTuberの動きをつくり、インタラクションできる。操作は、広くVRゲームアプリなどで利用されるOculus Rift とOculus Touchを使うので、多くの人がVTuberを演じやすい。

さらに、GOROmanさんが最近ハックして制作したOculus Rift S(HMD)とOculus Touchから、マスタ・スレーブ方式で、小型のヒト型ロボット「プリメイドAI」を操作できるシステムの披露。プリメイドAIは、2015年に15万円で発売されたホビーロボットで、25軸の動作ができ、相当になめらかに動くことで、ロボットで工作やプログラミングをしたいユーザーには注目されてきたもの。最近では2万円で購入できるショップもあるとのニュースもあって、さらに活用のすそ野が広がっている。

Oculus Rift S(HMD)をUIに使うマスタ・スレーブ方式のロボットはすでに存在したものの、広く浸透しているハードウェアプラットフォームを活用してVRで遊ぶことが出来る装置を作り出したことに、GOROmanさんのハックの意義があるといえるだろう。

Oculus Rift S(HMD)とOculus Touchというハードウェアを活用することで、一からVRシステムを開発することなく、すでにあるプラットフォームを活用して、またすでに存在するソフトウェアなどの助けを借りて、すばやくVRシステムが開発できることに、大きなメリットがありそうだ。また、UIもこなれていることから、ユーザーにも使いやすい。

会場には、元セガ黒川文雄さん(株式会社デックスエンタテイメント代表取締役)もいらしていたとのことで、服部さんが指名し、VRのeSports利用について質問があった。GOROmanさんによると、eSportsのプレイヤーだけでなく、観客がVR世界の中に入ることが出来るのがエンタテイメントとして重要だろうという。観客がゲームの中に入り、まさに競技場で観戦しているようにeSportsを臨場感ある形で体験できるようになることが大事だという。そうすると、eSportsで活用されるゲームアプリは、観戦者とのインタラクションを考慮したものとなっていくことになりそうだ。また、この観戦に当たっては入場料だけでなく、何か「投げ銭」のようなシステムを作り込むことで、新たな収入をあげられるのではないかとの指摘も、GOROmanさんからあった。

 

講演に加えて、最新技術を応用したデモンストレーションを鑑賞でき、非常に満足感が高いトークセッションだった。

ということで、服部桂さんの講演タイトル「世界の中心(銀座)でVR(アイ)を叫ぶ」の意図は、VRは、ジャロン・ラニアーが意図したように、人間的なコミュニケーション(愛あるコミュニケーション)を創り出すし、創り出すべきだというもの。VRとコンピューティングの目指すべき方向性を示唆するタイトルだったという謎解きを最後に。

映像なども撮影したので、後ほどまた更新予定。

『PIXARのひみつ展 いのちを生み出すサイエンス』後記ーアマプラの子供向けアニメは結構いいんだが

しかし、だからといって、アメリカの3D CGアニメーションと同じ道を歩むべきかどうかはわからないな。

子どもにつきあって、Amazon Prime(アマプラ)の子ども向けアニメを最近はよく見ているんだけど、海外の子ども向けアニメは必ずしも3D CGアニメーションというわけではない。

子どもがいま好んで見ているアニメーションは、キャラクターも背景も美しくかわいらしく、色彩が豊かで、美術的価値が高いと大人にも思わせるアニメーションが多い。

たとえば、絵本のようなやさしい色彩の絵柄の物語に、「もしもネズミくんにクッキーをあげると」や「うっかりペネロペ」、「リサとガスパール」(現在はアマプラでは視聴できず有料。おや見れるらしい。あとでテレビで試してみよう)など。どれも、動物のキャラクターが登場し、日常の友達や家族との交歓を描くかわいらしい物語だ。また、やわらかでしなやかなおサルなど動物たちの動きや変化のあるストーリーで楽しませる「おさるのジョージ」。こうしたアニメーションは、おそらくデジタル技術で制作の省力化・効率化は進められていると思うが、2Dの絵柄のやさしさかわいらしさが、やさしい夢のような時間を過ごした後、ほのぼのとした感覚を見る者に残してくれる。

もちろん3D CGアニメーションですぐれた作品もあって、色彩豊かで形も面白い動物たちが冒険を繰り広げる「タンブルリーフ」は、人間がいなくなった後のような不思議な終末感を感じさせる舞台設定(実は魔法の島のお話だそうで、人間世界とは隔絶した異世界らしいのだが)と、キャラクター、背景、登場する乗り物や小道具の、毒々しくならないぎりぎりの鮮やかな色彩とデザイン、人形アニメのような動き、独特の奇妙な物語の展開や各回のお話の設定で、悪夢ではないが不思議な夢のような感覚を残す。

大人はちょっとその最後の教訓が謎なことが多くて苦手だけど、ぬいぐるみのようなキャラクターがふわふわとした浮遊感のなかで、子どもたちのように遊び、小さな事件が起こる「うさぎのモフィ」。とくにオープニングは、ぬいぐるみのようなキャラクターが一人ずつ下からぽーんとやさしく打ち上げられるように登場して、やがてみんなでゆるやかな放物線を描きながら楽しく飛び回るというもので、1歳になったかならないくらいの娘を、このオープニングの歌と映像に合わせて持ち上げておろしてと遊ばせたところ大喜びで、このアニメと持ち上げておろして……を毎日要求されて参った、ということもある。

ただし、3D CGアニメーションの子ども向けアニメの一部は、幼児向けの低予算で、お話のパターンが決まっていて、絵も背景も単純な傾向がある。低予算でたくさんつくるという目的で、おそらく3D CGアニメーションを使っている。つまり、省力化して、高品質な仕事をする熟練のアニメーターやデザイナー、背景画家などがいなくても、数分間のパターン化されたアニメーションを量産できるように、3D CGアニメーションが使われている。

デジタルの導入が作業の効率化や新しい表現(「タンブルリーフ」や「うさぎのモフィ」の人形アニメのような感触は3D CGアニメーションだからこそ生きているように思う)に結び付くのは確かだが、必ずしも日本もPIXARやドリームワークスのように、3D CGアニメーションの方向に向かっていくべきであるとは言い切れないように思われる。

というのは、アニメーション現場の過酷さは、制作現場の効率化や省力化を進めるだけでは不十分なだけでなく、場合によってはより制作現場を過酷にするかもしれないからだ。

筆者がデジタル技術による効率化や省力化に希望を持つのは、アニメーション制作現場の過酷さを和らげるかもしれないからだ。

ところが、実際は、このようなアニメーション制作現場の問題は、経済的・制度的な側面に規定される部分が多いとされる。たとえば、テレビやウェブなどで放映される「枠」が増えすぎて制作が需要に追い付かない状況に加えて、製作費が恒常的に不足し、製作費を充実させるため著作権・商品化権収入を活用しようにも製作委員会方式製作委員会方式にもお金を集めやすいなどよい面もあるのだが)によってアニメスタジオにはお金が残りにくいなどの問題が大きな原因と言われている。

それに、90年代以降、世界中の企業がデジタル技術の導入によって、コンピュータやネットワーク、ソフトウェアも含む資本投資を盛んにする一方で、人件費をケチる傾向が指摘されているが(ブリニュルフソンとマカフィーの議論もこれがベースで、90年代以降の不況の大きな原因の一つと指摘していたはず)、日本にも導入した場合、社会・経済的制度がそのままだと、アニメーション制作現場にもさらにこの問題が広がるだけになる可能性もある。

なので、単純にデジタルで3D CGアニメーションーとは言えないんだよね。しかし、本当にPIXARやドリームワークスのようなデジタル化を進めようとするならば、サイエンティストやエンジニアとクリエイターの協力が欠かせないというのは間違いないと思う。

『PIXARのひみつ展 いのちを生み出すサイエンス』に行ってきたよ

6月7日(金)、六本木ヒルズで開催中の『PIXARのひみつ展 いのちを生み出すサイエンス』に行ってきた。「いいよー」という話が、Twitterなどで流れていたし、授業(産業と技術の歴史)で、CGの歴史や基本的な仕組みを解説するのによいだろうと思って出かけたんだけど、想像以上によかった。あとで、本展のもととなったアメリカのボストン科学博物館の展示について調べると、Computational Thinkingを教えるための教育を目的に展示が構成・設計されていたそうで、さもありなんと思った。

その一方で、うーん……と考えてしまったのは、「サイエンス」という面が強調されているように、PIXARアニメーションスタジオをはじめとして、現代の映画・映像産業を構成するアニメーションスタジオでは、昔ながらの「工房」というような作り方とはまったく違って、たぶんこれ、日本が追いつこうと思ったら並大抵じゃない努力が必要なんじゃない??と思ったこと。

単にCGソフトを操作するだけでなく、キャラクターやシーン、動きなどを構成する要素やルールを徹底的に分解(分析)してコンピュータが扱えるようにしたうえで、それらを再構成して、組み立てる、あらためてコンピュータによって生成されたキャラクターやシーン、動きなどとして再構成する。これをさらに制作プロセスとして無理のない形でつなげ、くみあげる。人間が行う作業・仕事に着目すると、作業・仕事もやはりコンピュータが扱いやすく効率的に徹底的に分解・分業化して、それを全体としてシステムに組むということをしっかりと行う。現場でのさまざまな微細な行ったり来たりや、混沌・混乱などはたぶんあるだろうけど、思想や枠組みとしてはしっかりとできている。おそらく個々のクリエイターの創造性は生かしながらも、十分な「標準化」や「共通化」を進めることで、効率と効果を高めて、高度なアニメーションを多数生み出すしくみがつくられてきただろうことがうかがえた。

このように、クリエイター(個々の作業を行う人々のクリエイティビティの結晶が作品だということもよくわかる)の作業と作業工程全体をコンピュータによる操作に合わせて作り変えて再構成できたのは、初期の同社がハードウェア・ソフトウェアの開発を手掛け、サイエンティストやエンジニアがクリエイターと一緒に働いていたことが重要だったように思う。

デヴィッド・A.プライス『ピクサー 早すぎた天才たちの大逆転劇』(邦題はいかにもなアレだけど、内容は非常に勉強になった)を読むと、同社にとっては紆余曲折だが、CG制作を行うハードウェア・ソフトウェア開発企業として足腰を鍛えてきたこと。おそらくこれが、その後の制作パイプラインや個々のプロセスをつくりあげるうえで、おそらく非常に生きているのだろう。

科学ジャーナリスト服部桂さんの『人工生命の世界』オーム社)(同じ著者による訳書、S.レビー『人工生命-デジタル生物の創造者たち』『人工現実感の世界』(現在は改訂増補版として『VR原論』翔泳社)が発売中)で解説されたCGの基礎科学・基礎技術が、アーティストたちの創造性を支えていて、日本のCG科学者なども優秀だけど、こういう現場で使われるソフトウェアや現場とのつながりってあるかなあ、、、とかとかいろいろと思い悩んだのであった。

というようなことを考えて、先日アップした「VR生誕祭」に向かったのよね。

17世紀、科学と手仕事(工芸/芸術)の結婚が科学革命を生んだ(ツィルゼルの仮説)というが現代でも、コンピュータ/エンジニアリング/サイエンスと手仕事(アニメーションを含む芸術/工芸)との結びつきが新しい動きを生んでいるように思う。

で、下記は、勤務先で学生にじゃんじゃん自分の好きなコンテンツについてレビューを書いてもらおうという授業で、先生(私ね)が書いた(拙い!)お手本の本展のレビューです。ご高覧あれ。

しばらくしたら写真なども掲載予定。

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「魔法の裏側のサイエンス」を知る

――『PIXARのひみつ展 いのちを生み出すサイエンス』

六本木ヒルズ展望台で開催中(2019年4月13日~9月16日)の本展は、PIXARアニメーションスタジオ制作の『トイ・ストーリー』シリーズや『ファインディング・ドリー』など、多くの人が見たことがあるだろう3D CGアニメーション作品の舞台裏を教えて余すところがない。3D CGアニメーションがどのように制作されるか、その全体のプロセスから個別の技術、そしてその技術の背景にある科学までじっくりと見て体験できる展示内容だ。

3D CGアニメーションも、手描きのアニメーション作品と同様に、まずはストーリーとキャラクター・背景などのアートの作成から始まる。ただし、それからあとの工程が大きく違う。いわばある意味、幾何学的・数学的な「積み木」や「部品」を使って、コンピュータの中に一つの世界を創り上げていくようなものだ。モデリングと呼ばれる工程では、単純な図形や線を動かし組み合わせて立体のキャラクターや小道具、背景などをつくりあげる。人形のようなキャラクターに「リンギング」と呼ばれる骨組みを与え、その表面(サーフェイス)を皮膚や服らしくしあげる。キャラクターや小道具などを配置して、3D世界の中にカメラをセットし、背景をその場面にふさわしい背景らしく、やはり数学的な命令にしたがって整えて、「撮影」する。さらにキャラクターや乗り物などに動きの命令を与えて、その通りに動かしてアニメーションをつくる。多数の魚や鳥の群れは、やはり単純なルールにしたがった命令を与えて、いかにも生命のあるもののように動かす。これは、何らかの自然現象や社会現象などをコンピュータの内部で再現して研究するコンピュータシミュレーションの技術と同じだ。撮影に際しては、映画撮影で照明を当てる位置や照明の雰囲気を調整するように、コンピュータに命令を与えることで調整が可能になる。最後は、水や炎なども含め自然な表現になるように「レンダリング」という操作を行う。

 こうした一連のプロセスを自分で体験しながら学ぶことができる。複雑なプログラミング言語を使うことはないが、背景やアニメーションの動き、魚の群れの数や動き、照明の色・方向・明るさなどは、手元のボタンやスライダーを操作することで、自動的に生成変化させることができる。試行錯誤していくと、どのような要素(パラメタ)によって、背景の草むらが描かれるか、魚の群れの動きや密度・運動が調整されるか、また照明が変わっていくのかがわかるようになる。

つまり、コンピュータに命令を与えてCGをつくるためには、動きや形などを基本的な要素(属性やパラメタ)やルールに分解し、これらの要素をその基本的なルールに従って組み立てることで、複雑な動きや形などが生成する。これが、まずはPIXARの魔法のようなアニメーションの背景で動いている「サイエンス」なのである。

体験型の説明には、おそらく中学生でも理解ができるわかりやすい日本語で解説がつけられている。科学技術系の博物館展示としても出色の出来だと思われる。実際、本展はもともとアメリカでボストン科学博物館とPIXARが、来訪者が「コンピューティング思考」を学べるように設計した展示を日本向けに翻訳して提供したものだという。もとの展示Science behind PIXARは、以下のURLでその内容を知ることができる。

 

https://sciencebehindpixar.org/

 

このURLを見ると、同展が科学教育教材として制作され、展示を見ながら学習できる補助教材も配布されていたことがわかる。また、その展示方法や展示による効果に関する調査報告書、学会発表のポスターなども掲載されている。これを見ると、きわめて本格的かつ野心的なプロジェクトであったことがわかる。本展は、今後日本の科学技術系博物館の展示や、「コンピューティング思考」の教育などにもよい影響があれば、と思う。

VR生誕祭 at 朝日新聞社メディアラボ渋谷分室

幻の名著、服部桂著『人工現実感の世界』(工業調査会, 1991)が、その後のVRの発展も含めて、先月2019年5月『VR原論』(翔泳社)として復活した。この出版を記念して、VR生誕の日とされる6月7日、VR30周年を祝う「VR生誕祭」が開催された。本日聴講したこのイベントの記録をブログに掲載する。

なお、筆者は買い忘れたお土産を購入するべく、旧知のみなさんとご挨拶して早々にイベント終了後脱兎のごとく会場をあとにしてしまったのが心残り(さらに、無茶苦茶優秀な導き手のロボットスタート株式会社の北構さんのおかげでものすごいスピードで目的地である六本木ヒルズに到着したものの、ミュージアムショップは5分前に閉じてしまっていて、ムーミングッズが買えなかったという残念の上塗り状態、、、)。

当日参加者の方で誤字脱字や事実誤認等にお気づきであれば、ご指摘ください。

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2019年6月7日は、VRVirtual Reality:人工現実感、仮想現実)誕生30年とされる。はじめてVRのデモンストレーションが行われたのが、01:23:45 6/7/89(1989年6月7日1時23分)だとされるからである。本イベント『VR生誕祭』(主催:東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター機構)はこのVR30周年を祝って開催されたものである。

Picure of VR Brothers: Michitaka Hirose, Katsura Hattori, and GOROman

VR30周年を祝うVR3兄弟。左からGOROman氏、廣瀬通孝東京大学教授、服部桂氏。

服部桂元朝日新聞科学部編集委員によると、1時23分45秒は語呂合わせのためのでまかせだろうとのことだが、30年前仮想的な触覚を再現するデータグローブとその触覚に対応する仮想的な3D物体を視覚的に提示するヘッドマウンテッドディスプレイを使った初めてのデモンストレーションがこの日に行われた。

The Birth Time of VR: 01:23:45 6/7/89

VR誕生の瞬間。1989年6月7日1時23分45秒(01:23:45 6/7/89)。
(目の前に帽子の人がいたので以下こんな画像でーす。帽子も臨場感の一部ということで)

データグローブの開発者は長髪のドレッド・ヘアで、民族楽器の収集を趣味とするヒッピー然としたジャロン・ラニアーである。服部氏によると、当時文字だけのコミュニケーションでしかなかったインターネットで、人と人が会って対話するようなコミュニケーションを実現したいという願いが、データグローブやHMDを開発したラニアーのVRに取り組んだ動機だとされる。

服部氏は、この初めてのデモからVRが研究開発分野として立ち上がる時期を目撃し、そのある種の非主流派的な「うさん臭さ」に非常にひかれたという。1990年2月/1991年1月には、新聞初のVR記事を発表し、1991年には、工業調査会から『人工現実感の世界』と題するVRの歴史と当時の研究開発状況を俯瞰する著作を発表した。同書は工業調査会が倒産して以来絶版となっていたが、その後のVRの発展を追加して『VR原論』(翔泳社)として再発された。

Katsura Hattori's The Principle of Virtual Reality: The Book on History and Philosophy of Virtual Reality.

人工現実感の世界』が時を経て『VR原論』に転生。

Early articles on VR in Japan written by Katsura Hattori.

服部桂さんによる日本初のVR記事:1990年2月/1991年1月。

開発当初のHMDの解像度は非常に低く、判明に対象が見えるようなものではなかったという(ちなみに、この最初のHMDは、アイホン(eyephone)と呼ばれた。イヤホンが耳に密着して音を伝えるように、アイホンは目に密着して映像を伝達するものだったからとされる)。むしろハイビジョン映像と同じ解像度が実現できる部屋の内部に映像を投影して、映像が作る世界に包み込まれるような体験を実現するCABINのほうが、大きな可能性があるものとみられていたと、廣瀬通孝東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター機構長は説明する。VRはもともとフライトシミュレータから発展し、製造業などの分野で、事物を使わずに実物を扱うようなトレーニングを行ったり、住宅やその他カスタマイズが必要な大きな商品を購入しようとするお客に対して、仮想的に住宅などの中を動き回る体験を与えたりするものだった。フライトシミュレータだけでなく、NASAが宇宙飛行士を対象に狭い空間の中での生活をより充実させるため、VRを応用しようという研究もあった。

廣瀬機構長によると、現在VR技術は30年が経過して第2世代に突入したとされる。VRの最初のデモ以前に、ユタ大学のアイヴァン・サザーランドが2本のブラウン管を使ってその映像を鏡やレンズを使って目に投影する眼鏡型の装置などを開発したが、これが第0世代とされる。現代の第2世代は、第1世代の時代から見て、技術の世代交代が進み、驚異的な高性能化低廉化が進み、また、周辺技術(とくにネットワーク環境)が格段の発展を遂げた。この結果、原理はまったく30年間変わっていないものの、HMDの映像の解像度やハンドデバイスの軽量化・小型化、装置全般の低価格化など、量的には飛躍的な発展を遂げた。これが第2世代VRである。

VR Generations: From the Zero Generation in the middle of the 20 century to the Second Generation in the 2010s.

平成時代、VRは第1世代から第2世代へと発展。

さらに、VRは心理学と結びついて、新しい体験を生み出そうとしているとされる。視覚と触覚とに働きかけて、普通のタブレット型PCで指を交互に歩くように動かすと、まるで雪道を歩くような触感を感じることができるYubi-TokoというUIがある。また、狭い空間であっても、ユーザーの視点とVR空間上の視点にあたるカメラの位置対応関係をユーザーが気づかない範囲でずらしていくことで、VR空間を圧縮する手法が考えられている。また、ドラムをたたく体験を行うにあたって、VR空間内の自分の服装や姿を変えると、太鼓をたたく演奏のうまさが変わってくるという研究がある。つまり、自分を何者だと思うかでパフォーマンスが変わるというのだ。また、VR空間内のインタラクションは多数の感覚の統合によって成り立っているが、この感覚統合をずらすことで、自分自身の身体の操作感覚(身体所有感と自己操作感)をコントロールできるという。

VR Technology which Deceives Users as if they are moving in Larger Spaces Than as it is by Shifting the Camera View Point in the Space from the Real View Point of the Users Without Being Noticed.

カメラ視点とユーザー視点を気づかれないようにずらしてVR空間を広く錯覚させる技術。

Peoples' Performances Depends on who they think themselves.

自分が何者であるかということでパフォーマンスが変わる。ドラムをたたく自分の姿の変化でドラムの調子が良くなる。

VRの応用として、バーチャルリアリティ教育研究センターでは、従来の製造業の製造やメンテナンスなどのトレーニングに代えて、サービス業のトレーニングに使用するVRソフトウェアの開発を行っているという。空港のカウンター業務を模擬するVRレーニングソフトウェアのデモが会場では行われた。窓側の席を予約したはずだが通路側の席を割り当てられたというクレームを述べる客に対してどのように対応するか、仮想的に対応をトレーニングできる。カウンター業務のトレーニングを受けている者の対応(会話内容)によって、クレーム客の態度・反応が変わるところが、通常のマニュアルを使ったトレーニングとは大きく異なるところだ。廣瀬機構長によると、大手コンビニエンスストアが従業員トレーニングに利用する計画もあるという。つまり、従来の「もの」の扱いを中心とする製造業のVRから、「ひと」の扱いを中心とするサービス業のVRへと、産業構造の変化とともに、VRの応用も変化し、「サービスVRトレーナー」へと発展しつつある。

The Picture of the Facility of UTokyo Virtual Reality Educational Research Center.

東京大学バーチャルリアリティー教育研究センターの施設。

The Image Picture of "Service VR Trainer".

サービスVRトレーナーのイメージ図。

3人目に登壇したGOROman氏は、低価格HMDOculus Riftと出会ったのを機に、自らの会社を副社長に任せて渡米し、同製品を発売するOculusVR社に入社し、VRエヴァンジェリストとして活躍してきた。OculusVR社と接近するにあたっては、OculusGoの開発者であるパルマー・ラッキーがすごいオタクであるということを聞きつけ、トランク一杯分アニメフィギュアをアメリカに持ち込んだとのエピソードが今回披露された。

VR用のPCをバックパックのように背負い、Oculusの最新のHMDOculus Rift Sとハンドセットを身に着けて、実際にどのような体験ができるのかデモンストレーションが行われた。

The Garant Figure of Mr. GOROman who Wears the Full VR Devices.

フル装備で講演するGOROman氏の雄姿。

HMDを通して見える現実世界の上にWindowsの画面を表示し、Twitterでこの生誕祭のツイートを閲覧したり、情報検索を行うなどのことができるだけでなく、グーグルアースを使って場所を指定すると、その場所を空中から見下ろして空中散歩をするようなことができる。東京を上空から眺め、東京タワーの上から周囲を見回すというような体験が可能となる。GOROman氏は「ゴジラになった気分」と表現する。

AR like VR: Mr. GOROman Opens Several Windows in the VR Space of Which Background is the Projected Image of Real World.

現実の映像を投影したVR空間で多数のウィンドウを開いて操作できる。AR的なVR

We Can Look Down the Tokyo Tower in the VR Space as if we were Godzilla!"

グーグルアースで東京タワー近辺に移動し、ゴジラ視点で東京タワーを見下ろす。

また、グーグルストリートビューで場所を指定して検索すると、今度はその場所に行かなくてもその場所にまるで行ったかのように360度を見まわして通りの様子を見ることができる。没入型VRのゲーム「ソードオブガルガンチュア」の体験もデモされた。剣闘士となり敵の剣士と戦うこのゲームでは、剣を持ち上げるとその剣をリアルに感じられるようにハンドセットにビリビリと振動が伝わる。迫力のある3D映像とハンドセットの動きを連動させて、敵の剣士と戦うことになる。

 

We can Jump in at the VR Spot Where We Retrieved on the Google Street View.

グーグルストリートビューで検索した場所にVR空間で移動。

Mr. GOROman Started the VR game Sword of Gargantua, and Faced with the Enemy in the VR Space.

VRゲーム「ソードオブガルガンチュア」を起動。VR空間の敵を見上げるGOROman氏。

第2部は西村真理子氏を進行役としての3人のディスカッション。それぞれのVRに取り組む原体験や、VRの未来像などが質問された。服部氏がVRの取材を始めたのはうさんくさい非主流派がまじめに技術に取り組んでいる姿にVRの将来的な可能性を感じ取ったためだとのこと。廣瀬機構長は、もともと模型と怪獣映画が好きだったことがVRに惹かれた理由だろうと自己分析する。アメリカでVRに出会い、この研究を進めてみたいと当時の指導教官(石井威望東京大学名誉教授)に相談してみたところ、この指導教官はサザーランドの試みを知っていたが、「そんなものすでに昔にやられている」と否定することなく、何か新しいことが起こっているんだろうと後押ししてくれたことが、VRに取り組み研究開発を続けてこられた大きな理由だと感謝を述べていた。GOROman氏は、結局5タイトルくらいしかソフトは発売されなかったものの、任天堂ファミコン3Dシステムを親御さんに買ってもらったことが、VR体験の始まりだという。このハードウェアを購入してもらい、当時持っていたSharp X 68000パソコンとファミコン3Dシステムとを接続し、通常のアニメーションやゲームを3Dで遊ぶということを試みたという。

VRの将来像については、廣瀬機構長とGOROman氏がブレインマシンインタフェースによって脳神経系とコンピュータやVRが直結される未来像を示した。廣瀬機構長は、VRは心理学から生理学へと一歩進めて人間とのかかわりを深めていくと表現する。これに対して、服部氏は、そうではなくコンピュータや人工物と人間との距離はどんどん近くなるものの、距離ゼロが最終的な地点だろうと想像する。つまり、コンタクトレンズ型のウェアラブルバイスを使って映像を体験したり、目に対して直接体の外から映像を投影したりするなど、皮膚との接触が最終的なVRシステムと人間との距離になるだろうと予想する。つまり、侵襲的な技術の利用はない(または、するべきではない)と考えているようだ。

Katsura Hattori's Image of VR in the Future.

服部桂さんのVR未来像。距離ゼロのVR

筆者も、BMIの侵襲性とそれに伴う危険性、引き返しようのなさなどを考えると、服部氏の意見に同意する。医療倫理の原則として採用されることが多い四原則アプローチによれば、危害は善行に勝るから、侵襲型VRに関しては、危害防止が最大限に行われるべきであるし、被験者の自律を尊重する必要があるうえ、法的正義(たとえば、医薬品医療機器等法など)にかなうものでなければならない。生理学的VRによる侵襲的な研究だけでなく、心理学を応用するVRにおいてもそのリアルさによって可能となる効果の大きさを考えると、危害の特定とその防止、被験者の自律の尊重など十分に研究倫理上の配慮が必要だろう。

また、寝たきりのままでもBMIバーチャルリアリティでどこにでも行けるというGOROman氏のVR未来像から、ロバート・ノージックの経験機械の思考実験を想起する向きもあるだろう。過激な市場主義によって最小国家の可能性を考察したリバタリアニズムの哲学者としてノージックは知られる(ただし、ノージックはその後リバタリアニズムの主張を引っ込め国家のより積極的な役割を認めるようになっている)。ノージックの思考実験は、「キャプテン・フューチャー」シリーズに登場する生きている脳サイモン・ライトがどんな経験をしているかと想像するようなものだ。ノージックの経験機械の思考実験とは、幸福・快楽を脳が感じることが実際に幸福な体験することと同じであるならば、幸福・快楽を発生させる機械に脳を接続してしまえば、人間は幸福なのではないかという思考実験である。脳が幸福・快楽を感じることが実際に幸福な体験であると同じであるならば、廣瀬機構長やGOROman氏のビジョンは、もしかするとVRを利用できる人類の幸福を約束するかもしれない。廣瀬機構長によると、人間はホモ・モーベンスであると建築家黒川紀章氏は言ったものの、人間は動かなくてもよいのではないかと、GOROman氏のようなビジョンで自動車会社が研究を進めているという。それに対して、服部氏は、VRによる仮想的な体験を楽しむ一方で、将来人間はもっとより動くようになるのではないか、そもそも人間は世界に働きかけ体験することで知覚や思考・感情などが生まれ育つのだから、動かないままVR世界の体験をすることは無理ではないかとも服部氏は主張する。経験機械の思考実験への反論にはさまざまなバリエーションがあるが、直感的にはやはり服部氏を支持する。

※"はぎのぶ"りんぐリング(@nb06033)さん、服部桂さんのご指摘で、本文修正しました。どうもありがとうございます。2019年6月9日追記。 

---さらに追記(2019年6月10日)

ところで、会場では、最近話題の電気刺激を与えて前庭感覚に作用して加速度を感じさせるなどの仕掛けも展示されていましたが、すごく人がいっぱいで体験に時間がかかりそうなのでやめてしまいました(そして、六本木ヒルズに向かって残念の上塗りになったと)。

疾走するバイクに乗っている感覚や、宇宙船で宇宙へと飛び出す感覚などを再現できるかも、、、と思うと、古いアニメ映画のリメイク(古い映画の映像をそのまま使って感覚だけ新しく追加。たとえば、前者ならばAKIRAあたり、後者ならばトップをねらえとかオネアミスの翼とか。ちょうどトップをねらえは、同時期に、池袋の文芸坐でオールナイト上映とかやっていましたね)などもできそうですね。

廣瀬先生のご研究は工学部らしく産業応用を目指すものでしたが、ゲームやアニメ、映画などエンターテイメントの世界をさらにVRは広げていきそうですね。映画やアニメなどがゲームと同様に体験型へと大きく変わっていきそう。

「世界わがこころの旅 ドイツ バウハウスからすべてがはじまった」

某友人が以前録画してくれた標題のDVDを見直したところ。というか、実は初見。NHKの番組表検索では、1996年5月18日(土)午後10時~10時45分まで放映されたとのこと。

デザイン史学者(当時の肩書は、「デザイン評論家」)の柏木博さんが、デビュー作の近代デザイン史を書いて以来あこがれていた「バウハウス」(「ものづくりの家」)の足跡を現地でたどるという趣向の海外ロケ番組。

番組では、戦間期の平和と民主主義の高揚の中、1919年国立バウハウスの建設された、ワイマール共和国の中心地ワイマールから、国からの支援を打ち切られ1925年にデッサウ市立バウハウスへと衣替えして開設された地デッサウ、女性建築家シュッテ・リホスキーが家事仕事の合理化のため最初につくりあげたシステムキッチンに名前の冠されたフランクフルト、そして、現代のメディア芸術と工芸/テクノロジーの融合を目指す研究教育機関ZKMの位置するカールスルーエまで、ドイツの各地を旅する。

ワイマールでは、初代学長ヴァルター・グロピウスが設立した国立バウハウスの建物を訪ねる。現代では、ワイマール建築大学校の建物として活用されている。また、庶民の文化的で安価な住宅提供のために開発された「ハウス・アム・ホルン」も現在も残っていて、柏木さんが訪ねるが、図面や写真で見たよりもだいぶ小さい印象とのこと。この家に現在も住んでいる人によると、「(各部屋の)レベル差が小さくゆったりとした空間」で住みやすいそうだ。リビング中心の設計で廊下を通らずにどの部屋からも直接リビングに行けるという家族中心の家の設計という点が解説される。天井の高さが部屋ごとに違い、部屋の風景が変わることが印象的ということが、柏木氏からは語られている。住宅の量産化を目指したという解説があり、工業化・産業化が庶民生活の豊かさをもたらしつつあった時代背景を想起させる。

ワイマールにはバウハウス博物館が設立されており、柏木氏がバウハウスに注目するきっかけとなった「バウハウスチェス」が紹介される。王冠や馬など具象的な表現で伝統的に表されてきたチェスの駒の、抽象的・機能的な表現を見たことから柏木氏のバウハウスへの興味が始まったという。

1925年には国からの支援が途絶え、ワイマールの右傾化もあって、町づくりの拠点になってほしいとの願いから新興都市のデッサウに招かれたことをきっかけに、バウハウスは移転し、デッサウ市立バウハウスとなる。バウハウスの学舎はグロピウスじしんが設計建築指揮したもので、現在もその建物が残る。家具や日用品の量産を目指し、生活や社会の変革を志していたことがナレーションで解説される。柏木氏がこの建物の階段をあがっていくと、踊り場にモダニズムデザイン家具の原点とされるワシリーチェア(バウハウスの教員でもあったワシリー・カンディンスキーのためにデザインされた椅子)があって、柏木氏がこの椅子に「ワシリーチェアですね」とコメントしている。

当時の教員には綺羅星のような芸術家が名を連ねる。抽象画のスイス出身のパウル・クレーが色彩論を担当、1922年に加わったロシア出身の前出のカンディンスキーが形態論を担当したほか(デッサウのバウハウス財団に残る学生作品は明らかにカンディンスキーの影響(模倣?)のもの)、彫刻家出身で演劇の改革を志したオスカー・シュレンマーがいた。シュレンマーは奇抜/奇怪な幾何学的な舞台美術・衣装のほか演出も手掛けた。

当時90歳になるヴォルフ・ヒルデブラント氏のインタビューが紹介されたが、彼は1926年に19歳でバウハウスに入学したという。もともと劇団で仕事をしていたが、シュレンマーに見いだされ、奨学金を得てバウハウスに入学した。ヒルデブラント氏は、このシュレンマーとの交流や演劇の創造はかけがえのないものと表現する一方で、シュレンマーの指示が絶対で学生は何も提案できなかったとのことで、非常につまらなかったという不満も吐いている。先ほどのカンディンスキーの模倣作品もそうだが、バウハウスの教師は、非常に強い指導力を発揮し、作品創造だけでなく、教育においても実験を強力に推し進め、学生はそれに翻弄された面もあるようだ。しかし、このように強力な指導力のもと教育と創造の実験を行うことで、バウハウスが、デザイン・美術の歴史上重要な位置を占めることとなったのも確かで、その葛藤についても柏木氏は言及する。

その後世界初のシステムキッチンとされるフランクフルトキッチンの現物が残るフランクフルトに向かい、柏木氏はその家でキッチンを実見するだけでなく、そばをつくってその家族にふるまう。半歩動くだけでキッチンの必要なものに手が届き、生ごみもばさっと長方形の排出孔に落とすと孔の中が引き出し形のゴミ受けになっていて、その引き出しをキッチンから抜けばすぐにごみが捨てられるという機能的なものである。庶民の生活の改善のためのデザインというバウハウスの思想を再確認することとなる。

フランクフルトキッチンを訪ねる旅のあと、柏木氏の独白がナレーションとして流れる。建築家やデザイナーが人間が生きる環境や生活をデザインしてしまうことは非常に傲慢で自由を束縛するものと柏木氏は最近まで考えていたが、このようなデザインがなくなってしまうと、むき出しの市場原理だけになってしまうのではないかと考えを変えたーーこのようにフランクフルトキッチン実見の旅と重ねて、柏木氏は述べる。リベラルリバータリアニズムによる環境設計やデフォルトの設計・提示の重要性が強調される現代においても、この発言は非常に興味深い。柏木氏の当時の著作「家事の政治学」が紹介されていたが、探して読んでみる必要があるかも。

その後、美術と工芸の融合・統合を目指したバウハウスの歴史をあとにして、現代のメディア技術と美術との融合・統合を目指すメディア芸術・技術の総合研究センターZKMがあるカールスルーエへ向かう。ここでは、柏木氏が撮影した写真や動画を中心にウェブを作成し公開するということが行われる。1996年という時代を考えると、非常に先進的な試みであるとともに、「このウェブを誰かに発見してほしい」という、空き瓶を海に流すかのような祈りを込めたメッセージをウェブ向けに録音する柏木氏の姿は、当時のインターネットに向かおうとする私たちの気分・気持ちを(ややくすぐったい感じをともないながら)新鮮に思い出させるものだった。

 

25年前だけど、結構勉強になるね。