『PIXARのひみつ展 いのちを生み出すサイエンス』に行ってきたよ

6月7日(金)、六本木ヒルズで開催中の『PIXARのひみつ展 いのちを生み出すサイエンス』に行ってきた。「いいよー」という話が、Twitterなどで流れていたし、授業(産業と技術の歴史)で、CGの歴史や基本的な仕組みを解説するのによいだろうと思って出かけたんだけど、想像以上によかった。あとで、本展のもととなったアメリカのボストン科学博物館の展示について調べると、Computational Thinkingを教えるための教育を目的に展示が構成・設計されていたそうで、さもありなんと思った。

その一方で、うーん……と考えてしまったのは、「サイエンス」という面が強調されているように、PIXARアニメーションスタジオをはじめとして、現代の映画・映像産業を構成するアニメーションスタジオでは、昔ながらの「工房」というような作り方とはまったく違って、たぶんこれ、日本が追いつこうと思ったら並大抵じゃない努力が必要なんじゃない??と思ったこと。

単にCGソフトを操作するだけでなく、キャラクターやシーン、動きなどを構成する要素やルールを徹底的に分解(分析)してコンピュータが扱えるようにしたうえで、それらを再構成して、組み立てる、あらためてコンピュータによって生成されたキャラクターやシーン、動きなどとして再構成する。これをさらに制作プロセスとして無理のない形でつなげ、くみあげる。人間が行う作業・仕事に着目すると、作業・仕事もやはりコンピュータが扱いやすく効率的に徹底的に分解・分業化して、それを全体としてシステムに組むということをしっかりと行う。現場でのさまざまな微細な行ったり来たりや、混沌・混乱などはたぶんあるだろうけど、思想や枠組みとしてはしっかりとできている。おそらく個々のクリエイターの創造性は生かしながらも、十分な「標準化」や「共通化」を進めることで、効率と効果を高めて、高度なアニメーションを多数生み出すしくみがつくられてきただろうことがうかがえた。

このように、クリエイター(個々の作業を行う人々のクリエイティビティの結晶が作品だということもよくわかる)の作業と作業工程全体をコンピュータによる操作に合わせて作り変えて再構成できたのは、初期の同社がハードウェア・ソフトウェアの開発を手掛け、サイエンティストやエンジニアがクリエイターと一緒に働いていたことが重要だったように思う。

デヴィッド・A.プライス『ピクサー 早すぎた天才たちの大逆転劇』(邦題はいかにもなアレだけど、内容は非常に勉強になった)を読むと、同社にとっては紆余曲折だが、CG制作を行うハードウェア・ソフトウェア開発企業として足腰を鍛えてきたこと。おそらくこれが、その後の制作パイプラインや個々のプロセスをつくりあげるうえで、おそらく非常に生きているのだろう。

科学ジャーナリスト服部桂さんの『人工生命の世界』オーム社)(同じ著者による訳書、S.レビー『人工生命-デジタル生物の創造者たち』『人工現実感の世界』(現在は改訂増補版として『VR原論』翔泳社)が発売中)で解説されたCGの基礎科学・基礎技術が、アーティストたちの創造性を支えていて、日本のCG科学者なども優秀だけど、こういう現場で使われるソフトウェアや現場とのつながりってあるかなあ、、、とかとかいろいろと思い悩んだのであった。

というようなことを考えて、先日アップした「VR生誕祭」に向かったのよね。

17世紀、科学と手仕事(工芸/芸術)の結婚が科学革命を生んだ(ツィルゼルの仮説)というが現代でも、コンピュータ/エンジニアリング/サイエンスと手仕事(アニメーションを含む芸術/工芸)との結びつきが新しい動きを生んでいるように思う。

で、下記は、勤務先で学生にじゃんじゃん自分の好きなコンテンツについてレビューを書いてもらおうという授業で、先生(私ね)が書いた(拙い!)お手本の本展のレビューです。ご高覧あれ。

しばらくしたら写真なども掲載予定。

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「魔法の裏側のサイエンス」を知る

――『PIXARのひみつ展 いのちを生み出すサイエンス』

六本木ヒルズ展望台で開催中(2019年4月13日~9月16日)の本展は、PIXARアニメーションスタジオ制作の『トイ・ストーリー』シリーズや『ファインディング・ドリー』など、多くの人が見たことがあるだろう3D CGアニメーション作品の舞台裏を教えて余すところがない。3D CGアニメーションがどのように制作されるか、その全体のプロセスから個別の技術、そしてその技術の背景にある科学までじっくりと見て体験できる展示内容だ。

3D CGアニメーションも、手描きのアニメーション作品と同様に、まずはストーリーとキャラクター・背景などのアートの作成から始まる。ただし、それからあとの工程が大きく違う。いわばある意味、幾何学的・数学的な「積み木」や「部品」を使って、コンピュータの中に一つの世界を創り上げていくようなものだ。モデリングと呼ばれる工程では、単純な図形や線を動かし組み合わせて立体のキャラクターや小道具、背景などをつくりあげる。人形のようなキャラクターに「リンギング」と呼ばれる骨組みを与え、その表面(サーフェイス)を皮膚や服らしくしあげる。キャラクターや小道具などを配置して、3D世界の中にカメラをセットし、背景をその場面にふさわしい背景らしく、やはり数学的な命令にしたがって整えて、「撮影」する。さらにキャラクターや乗り物などに動きの命令を与えて、その通りに動かしてアニメーションをつくる。多数の魚や鳥の群れは、やはり単純なルールにしたがった命令を与えて、いかにも生命のあるもののように動かす。これは、何らかの自然現象や社会現象などをコンピュータの内部で再現して研究するコンピュータシミュレーションの技術と同じだ。撮影に際しては、映画撮影で照明を当てる位置や照明の雰囲気を調整するように、コンピュータに命令を与えることで調整が可能になる。最後は、水や炎なども含め自然な表現になるように「レンダリング」という操作を行う。

 こうした一連のプロセスを自分で体験しながら学ぶことができる。複雑なプログラミング言語を使うことはないが、背景やアニメーションの動き、魚の群れの数や動き、照明の色・方向・明るさなどは、手元のボタンやスライダーを操作することで、自動的に生成変化させることができる。試行錯誤していくと、どのような要素(パラメタ)によって、背景の草むらが描かれるか、魚の群れの動きや密度・運動が調整されるか、また照明が変わっていくのかがわかるようになる。

つまり、コンピュータに命令を与えてCGをつくるためには、動きや形などを基本的な要素(属性やパラメタ)やルールに分解し、これらの要素をその基本的なルールに従って組み立てることで、複雑な動きや形などが生成する。これが、まずはPIXARの魔法のようなアニメーションの背景で動いている「サイエンス」なのである。

体験型の説明には、おそらく中学生でも理解ができるわかりやすい日本語で解説がつけられている。科学技術系の博物館展示としても出色の出来だと思われる。実際、本展はもともとアメリカでボストン科学博物館とPIXARが、来訪者が「コンピューティング思考」を学べるように設計した展示を日本向けに翻訳して提供したものだという。もとの展示Science behind PIXARは、以下のURLでその内容を知ることができる。

 

https://sciencebehindpixar.org/

 

このURLを見ると、同展が科学教育教材として制作され、展示を見ながら学習できる補助教材も配布されていたことがわかる。また、その展示方法や展示による効果に関する調査報告書、学会発表のポスターなども掲載されている。これを見ると、きわめて本格的かつ野心的なプロジェクトであったことがわかる。本展は、今後日本の科学技術系博物館の展示や、「コンピューティング思考」の教育などにもよい影響があれば、と思う。