『VR原論』刊行記念 服部桂×GOROman 講演&トークセッションに行ってきたよ

8月8日(木)午後7時30分少し前、銀座蔦屋書店(GINZA SIX 6階)にたどり着いたものの、講演&トークセッションが行われる会場がどこかわからず、ぐるぐるとおしゃれな店内を徘徊してしまった。やっとのことで、お客が途切れたタイミングを見つけてレジカウンターで聴くと、先ほど通り過ぎたカーテンで空間を仕切られたスペースが会場とのこと。もうすでにだいぶ席は埋まっていたが、前後中ほどの席を見つけて腰を下した。私が腰かけた後からも次々にお客がやってきて、結局70名程度の席を用意していただろう会場は満員となった。

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服部桂×GOROman講演&トークセッション。主役の2人の登場を待つ。

手慣れた司会の紹介で服部さんとGOROmanさんが登場し、まずは服部さんの講演から開始。服部さんは、1991年に発行した名著『人工現実感の世界』の増補改訂版『VR原論』を最近出版したばかり。この講演&トークセッションも、『VR原論』のPRイベントだ。当日は服部さんの誕生日ということもあって、「私の誕生パーティーに集まっていただき(笑)」というような軽いギャグも交えて、まずは服部さんの自己紹介と『VR原論』の紹介。

人工現実感の世界』は、当時海のものとも山のものとも知れない新技術「Virtual Reality」を、本格的に日本の一般読者に紹介した最初の書籍である。結局現在はVRという略語が日本語でも定着して使われるようになったものの、91年当時は訳語も決まらず、その概念もまだ確立していなかった。「バーチャル」は「仮想」と訳されることが多いものの、「実質的には同じ」という意味が強い。そこで、現実感を人工的に作り出す--このような意味で、「人工現実感」という訳語を同書では提案していた。

概念やその背景が日本でも(いや、おそらくは世界的に見ても)しっかりと紹介がされていなかった時代だったことから、本書のかなりの部分が、VRの歴史に当てられている。第二次世界大戦中のフライトシミュレーター研究がその淵源となるが(そして、フライトシミュレーター研究は、米国土への爆撃機の侵入を検知しようとする巨大システム(SAGEシステム)を支えるリアルタイムコンピューティングの研究へと引き継がれていく)、1960年代以降は複数の研究者・技術者がさまざまな名称で最終的にVRにたどり着く技術・システムの開発に取り組んできたことを、本書は示している。

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服部桂さんの講演「世界の中心でVR(アイ)を叫ぶ」。タイトルの真意は、最後で。

服部さんの今回の講演は、1990年の「Cyberthon」の映像から始まった(おそらく服部さん秘蔵のもの)。このイベントは、当時の最先端のサイバーカルチャーを集めたもので、マービン・ミンスキーなど情報科学人工知能研究などの学者に加え、多くの分野のクリエイター・探究者が集まっていたという。このイベントが開かれた年は、『人工現実感の世界』が登場する1年前であるとともに、VPL社がTexpo'89というハイテクイベントのベル・パシフィックのブースで最初のデータグローブとHMDによるプレゼンテーションを行った「VR誕生の日」の翌年に当たる。

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米国で服部さんがVR取材を行った1990年と、GOROmanさんのオフィスでOculus Rift を体験した2019年の比較。体験しているシステムはよく似ているように見えるが、価格は数億円と数万円大きく違う。

服部さんによると、ブルース・スターリングらとともに当時「サイバーパンク」という新しいSFとその周辺領域に広がるジャンルを開拓しつつあったウィリアム・ギブソンに加え、ティモシー・リアリーやテレンス・マッケンナなどドラッグカルチャーの大立者もこのイベントには参加していたという(ドラッグ文化と初期のPC文化との関係に関しては、同じく服部さんが翻訳したジョン・マーコフ『パソコン創生「第三の神話」』などに詳しい)。

このイベントで、VRを体験したギブソンは、「未来はすでに到来したただ、まだ均等に分配されていないだけだ」というセリフを残したとされる。このセリフはとても有名で、日本のAR(拡張現実感)研究の第一人者である暦本純一東京大学教授が、ウィリアム・ギブソンとの対談で、この真意を確認するなどのことも行われている。

つまり、1990年にはすでにVRは商業化され(企業が開発・販売し)、先端的なイベントで情報科学以外の文化をけん引する作家や研究者などにも知られていたこととなる。

講演では、モートン・ハイリグの「センソラマ」の開発映像などの映像も紹介され、先端的な「とがった」部分が紹介される一方で、VRがコンピューティングの歴史の中ではある意味王道であることも強調された。すなわち、VRは、人間とコンピュータ、またはコンピュータに媒介される人間と人間のインタフェース(境界)をデザインし、より親しみやすく使いやすく自然なものにしていくというHCI(ヒューマン・コンピューティング・インタラクション)の研究の一種であり、つまるところ、コンピューティングのあり方をデザインすることでもある。

データグローブを開発したVPL社のジャロン・ラニアーは、当時文字ベースで人間的な触れ合いや交流が不十分であるようなコンピュータを媒介とするコミュニケーション(CMC)をより人間的なものにするという動機をもっていた。これもやはり上記のように人間とコンピュータとの境界、そしてコンピューティングのデザインという動機を示している。

上記で触れたSAGEシステムを支えたコンピュータ・システムは「Whirlwind」と呼ばれるが、CRTモニタとライトペンによるコンピュータとのリアルタイムインタラクションを最初に実現したことでも知られている。「リアルタイム性」の要求は、コンピュータとのインタラクション、そしてコンピューティングのあり方のデザインときわめて密接に関係している(もちろん即時応答性が求められるVRも)。

服部さんの講演のエッセンスは、コンピューティングの王道としてのVRの歴史の振り返りと言えるだろう。

この講演を引き継いだGOROmanさんは、すでに述べたように、Oculus Riftの開発者パルマー・ラッキーと面会して、彼を口説いて日本に開発モデルを持ち込んで広めていった人として著名だ。高価格なものと思われていたHMDを低価格化して広げていったパルマー・ラッキーやGOROmanさんの活動は、「まだ均等に到来していなかった未来」をパーソナル化・大衆化して広げていく活動だったといえるだろう(なお、VRの大衆化・パーソナル化に関しては、藤井直敬さんスマホを投影装置として活用するダンボール製ゴーグルの開発とそれを応用するアートなども重要)。

このように、VRのパーソナル化・大衆化を実現したOculus Rift とその普及活動について、服部さんは、「ハイテクに皆を参加させた」と表現する。

GOROmanさんは、Oculus Rift S(HMD)とOculus Touch(入出力ハンドデバイス)を活用するアプリケーションを紹介した。最初に、Oculus Rift Sと連動するGoogle Earthのアプリケーション。地球上の行きたい/見たい場所を検索し、その場所を指定すると、Oculus Rift Sの画面にその場所が360度のVR画像で表示され、まさにその場に行ったかのような体験ができる。なお、VR世界では上空の視点から眺め下すことになる場所もあって、このような場所では身長50m程度の巨人(ゴジラ!)になったような体験となる。

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Oculus Rift とOculus Touchを使って、Google Earth世界を探検。操作者は、GOROmanさんのお助けパースン。

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Google Earth上を東京方面に向かって移動。

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東京上空から地表へと降りていく。

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東銀座の歌舞伎座上空。

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そこから銀座6丁目方面に移動し、GINZA SIXを見つけたら、その中に入っていくことができる。

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さらにフランスに足を延ばして、エッフェル塔を上空から眺める。

次に、大日本印刷と現在開発中のOculus Rift S(HMD)とOculus Touchで操作できるVTuber利用のECショップシステムの紹介も行われた。現在インターネット通販は、店員とのインタラクションなどがないまま(あるいは、メールやメッセンジャーを使う文字ベースか、スカイプなどの「インターネット電話(会議システム)」を使うコミュニケーションが主)、ユーザーが商品を購入している。

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DNPクリエイター共創サービス「FUN'S PROJECT」のキャラクター「ファンズちゃん」を使ったVRアプリケーション準備中。

当日紹介されたシステムでは、インターネット通販ショップの店員がVTuberに扮して、VR世界の中の商品を手にとって勧めたり、VR世界の中の商品をユーザーが指定してVTuberに取り出してもらったりといったインタラクションができるようになる。ジャロン・ラニアーが当初目指した、コンピュータを介しているものの、人間的な(つまり、現実世界に近い)相互作用が可能になる。

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操作者が両手を上げるとVTuberも両手を上げる。リアルタイムでVTuberの動きをつくり、インタラクションできる。操作は、広くVRゲームアプリなどで利用されるOculus Rift とOculus Touchを使うので、多くの人がVTuberを演じやすい。

さらに、GOROmanさんが最近ハックして制作したOculus Rift S(HMD)とOculus Touchから、マスタ・スレーブ方式で、小型のヒト型ロボット「プリメイドAI」を操作できるシステムの披露。プリメイドAIは、2015年に15万円で発売されたホビーロボットで、25軸の動作ができ、相当になめらかに動くことで、ロボットで工作やプログラミングをしたいユーザーには注目されてきたもの。最近では2万円で購入できるショップもあるとのニュースもあって、さらに活用のすそ野が広がっている。

Oculus Rift S(HMD)をUIに使うマスタ・スレーブ方式のロボットはすでに存在したものの、広く浸透しているハードウェアプラットフォームを活用してVRで遊ぶことが出来る装置を作り出したことに、GOROmanさんのハックの意義があるといえるだろう。

Oculus Rift S(HMD)とOculus Touchというハードウェアを活用することで、一からVRシステムを開発することなく、すでにあるプラットフォームを活用して、またすでに存在するソフトウェアなどの助けを借りて、すばやくVRシステムが開発できることに、大きなメリットがありそうだ。また、UIもこなれていることから、ユーザーにも使いやすい。

会場には、元セガ黒川文雄さん(株式会社デックスエンタテイメント代表取締役)もいらしていたとのことで、服部さんが指名し、VRのeSports利用について質問があった。GOROmanさんによると、eSportsのプレイヤーだけでなく、観客がVR世界の中に入ることが出来るのがエンタテイメントとして重要だろうという。観客がゲームの中に入り、まさに競技場で観戦しているようにeSportsを臨場感ある形で体験できるようになることが大事だという。そうすると、eSportsで活用されるゲームアプリは、観戦者とのインタラクションを考慮したものとなっていくことになりそうだ。また、この観戦に当たっては入場料だけでなく、何か「投げ銭」のようなシステムを作り込むことで、新たな収入をあげられるのではないかとの指摘も、GOROmanさんからあった。

 

講演に加えて、最新技術を応用したデモンストレーションを鑑賞でき、非常に満足感が高いトークセッションだった。

ということで、服部桂さんの講演タイトル「世界の中心(銀座)でVR(アイ)を叫ぶ」の意図は、VRは、ジャロン・ラニアーが意図したように、人間的なコミュニケーション(愛あるコミュニケーション)を創り出すし、創り出すべきだというもの。VRとコンピューティングの目指すべき方向性を示唆するタイトルだったという謎解きを最後に。

映像なども撮影したので、後ほどまた更新予定。